ヤルヴィ親子のシベリウス クレルヴォ交響曲

シベリウス クレルヴォ交響曲
ネーメ・ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団(1985)
ラウルン・イスタヴァト男声合唱
カリタ・マッティラ(S)
ヨルマ・ヒュンニネン(Br)

父ヤルヴィの指揮するシベリウスは流麗、かつ緩徐楽章をたっぷりとしたテンポで演奏する、という印象があった。しかしそれは、私が聴いた父ヤルヴィのシベリウスが2000年前後の録音だったせいで、この1985年の演奏は随分と違う。
まずテンポが全体に今まで聴いたクレルヴォの中でも最も速い。さらに激烈かつゴツゴツとした演奏で、若き日の父ヤルヴィはこんな情熱的な音作りをしていたのか、とびっくり。
速いテンポはせわしない印象をあたえ、ゴツゴツとした音作りは音楽の流れが悪くなっている。しかし、面白い事は面白い。こういうクレルヴォのありであろう。
ちなみにカリタ・マッティラの名前をどこかで目にした記憶があったが、フィンランド出身の世界的オペラ歌手であった。

シベリウス クレルヴォ交響曲
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団(1997)
エストニア国立男声合唱
ランディ・シュテーネ(Ms)
ペーター・マッティ(Br)
子ヤルヴィの演奏は、抒情的ながらそれに流されることのない良質なもの。時折木管の裏メロが強調されるのも新鮮だ。だが第1楽章の主題を1音1音区切るように弾かせるのは疑問が残る。
それでも、今回のクレルヴォ三昧で、ヨルマ・パヌラ、サラステ、ヴァンスカの新盤が無かったら、この演奏をトップに挙げたかもしれない。

ヴァンスカの シベリウス クレルヴォ交響曲 新盤 その他

シベリウス クレルヴォ交響曲
ヴァンスカ指揮 ミネソタ管弦楽団(2016)
ヘルシンキ大学男声合唱
リッリ・パーシキヴィ(Ms)
トンミ・ハカラ(Br)

ヴァンスカのクレルヴォ交響曲の新盤は、シベリウス交響曲全集の新盤と同様ライブ録音である。
ヴァンスカのシベリウス交響曲全集の新盤について、抒情性とストイックさが同居している、と書き、後にはドラマティックさが増した分透明感が失われた、と書いた。
そして、その全集の後のこのクレルヴォでは、そのすべてが昇華し、ヴァンスカの「大いなる自然体」が完成したと言える。ドラマティックではあるが、どこにも無理が無い。
旧盤同様第2楽章の遅いテンポは好みが分かれると思うが、それを差し引いても大変な名演である。師のヨルマ・パヌラの境地を超えたかもしれない。


オッリ・コルテカンガス「移住者たち」
ヴァンスカ指揮 ミネソタ管弦楽団(2016)
ヘルシンキ大学男声合唱
リッリ・パーシキヴィ(Ms)
ヴァンスカのクレルヴォ交響曲の新盤が、お高いな、と思っていたら、CD2枚組で、2枚目にはこの曲と「フィンランディア」の合唱版が収録されている。
この曲はヴァンスカとミネソタ管弦楽団がコルテカンガス(1955年生まれ)委嘱して作曲された2014年の作品との事。フィンランドからミネソタ州に移住した詩人シーラ・パッカの詩に基づくメゾ・ソプラノと合唱付きの管弦楽曲である。
ミネソタ州は北欧系の移民が多かったそうだ。ヴァンスカがなんでアメリカのオケの音楽監督なんだろう、と思っていたが、そういう経緯があったのだ。
曲は現代音楽であるが、大変聴きやすく仕上がっている。

シベリウス 「フィンランディア」合唱版
ヴァンスカ指揮 ミネソタ管弦楽団(2016)
ヘルシンキ大学男声合唱

フィンランディア」に合唱版があることは知っていて、いつか聴いてみたいと思っていたので、今回聴けて良かった。
上記クレルヴォ同様、大変ドラマティックな演奏なのだが、通俗的なこの曲をドラマティックに演奏すると、通常はその通俗性が増すのだが、不思議なことにまったく通俗性を感じない驚異の演奏である。これがヴァンスカのたどり着いた境地なのだ。演奏後の観衆の熱狂の凄さもやんぬるかな。
いつ合唱がでてくるか、と思ったらいつまでも合唱が出てこない、全体の3分の2あたり、構成上でいうと2つの序奏のあとのA(アレグロ)B、AのB以降が合唱付きであった。
なんか、これを聴いてしまうと、これからはすべてのフィンランディアはこの合唱版でいいんじゃないか、と思えるくらい魅力的である。

 

ロバート・スパーノのシベリウス クレルヴォ交響曲

シベリウス クレルヴォ交響曲
ロバート・スパーノ指揮 アトランタ交響楽団 合唱団(2006)
シャルロッテ・ヘレカント(Ms)
ネイサン・ガン(Br)
クレルヴォ三昧シリーズである。
ロバート・スパーノはアメリカの指揮者だが、シベリウスもレパートリーとしている指揮者のようだ。他の交響曲の録音もある。先日のラシライネンの2歳下になる。
さて、演奏であるが、第2楽章までは、細かい工夫がある分音楽の流れは悪いし、その工夫も個人的にはあまり効果的とは思えない、という印象だった。
しかし第3楽章以降は、ヴォリュームコントロールに耳障りな部分もあるが、速いテンポの激しめな演奏で押し切って、最後の印象はそんなに悪くなかった。

 

アリ・ラシライネンのシベリウス クレルヴォ交響曲

シベリウス クレルヴォ交響曲
アリ・ラシライネン指揮 ラインラント=プファルツ国立フィルハーモニー管弦楽団(2005)
KYL男声合唱
サトゥ・ヴィハヴァイネン(Ms)
ユハ・ウーシタロ(Br)
クレルヴォ三昧シリーズである。ヤルヴィ親子とヴァンスカ新盤は一番最後に回すことにした。
アリ・ラシライネンもフィンランドの指揮者でヨルマ・パヌラの教え子。ヴァンスカ達の6歳下になる。
若干激しめで、フレーズの終りにタメを作る箇所もあるが、これもヨルマ・パヌラの自然体に近い。何より例の第1楽章の主題の裏メロが利いている演奏で、デイヴィスの時「他の指揮者でこの手法を聴きたかった」と書いたが、ここで実現した。
うーん、クレルヴォ三昧を始めて聴いた3枚が全部いいな。

 

ユッカ=ペッカ・サラステのシベリウス クレルヴォ交響曲

シベリウス クレルヴォ交響曲
ユッカ=ペッカ・サラステ指揮 フィンランド放送交響楽団(1996)
ポリテク合唱団
モニカ・グロープ(Ms)
ヨルマ・ヒュンニネン(Br)
クレルヴォ三昧シリーズである。
ヨルマ・パヌラの教え子であり、ヴァンスカ、サロネンの同級生であるサレステを聴かないわけにはいかない。奇しくも師であるヨルマ・パヌラと同年の録音である。
サレステはヴァンスカやサロネンにも負けないくらい録音が多い。シベリウスの全集もある。若い頃は童顔のイケメンで、本人はそれを嫌ったのかずっと髭をたくわえていた。歳を取った現在も、その髭のおかげでいい歳の取り方をしている(って音楽に関係ない話だな)
さて、演奏の方だが、若干速めのテンポの推進力抜群の演奏で、妙なところでたまに音を強調する癖があるが、3人の中では師であるパヌラの自然体に一番近い演奏である。
サロネンも速めの演奏だったが、この曲の肝でもある第3楽章は5拍子であるが、速めの演奏だとこの変拍子の面白さが聴き手によく伝わるのだ。
ただ、シベリウスは拍子の頭がわかりづらいメロディを乗せているので、もしかしたら聴き手に5拍子であることを意識させたくなかった可能性もある。ここら辺は指揮者の解釈次第になるだろう。
いずれにせよ、この人の残りのシベリウスも(やはり速めのテンポらしい)聴いてみたくなる。まあ、だんだんに、だな。

ヨルマ・パヌラのシベリウス クレルヴォ交響曲

シベリウス クレルヴォ交響曲
ヨルマ・パヌラ指揮 トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団(1996)
ラウルン・イスタヴァト男声合唱
ヨハンナ・ルサネン(S)
エサ・ルートゥネン(Br)

クレルヴォ三昧シリーズである。

http://hakuasin.hatenablog.com/entry/2019/09/25/045639


最初は、録音順に父ヤルヴィから聴いていこうと思ったのだが、このヨルマ・パヌラ盤をネット上で絶賛している人がいたので気になった。
レーベルはNaxosである。Naxosと言えば、個人的にはブルックナー全集をはじめとするティントナーで馴染みがある。
Naxosの理念は、無名でも実力のある演奏家を起用することで廉価で良質の演奏の録音を提供する事である。
このヨルマ・パヌラも、録音は決して多くはないのだが、指揮者兼フィンランドの有数な音楽学院各種の指揮科の教授を歴任しており、オスモ・ヴァンスカ、エサ=ペッカ・サロネン、そしてクレルヴォ三昧シリーズで購入したユッカ=ペッカ・サラステ等々、フィンランドの有名指揮者が軒並み彼の教え子だという。っていうか、この3人が同級生だったとは!!!
前置きが長くなったが、肝心演奏はどこまでも自然体、テンポも、楽器間のバランスも、ヴォリュームコントロールも丁度いい。今までもっとも自然体に近いと思っていたベルグルンド盤さえも凌ぐ無作為の演奏である。人によっては物足りないと思うかもしれない。しかし、こういうクレルヴォが聴きたかった。いや、こういうシベリウスが聴きたかった。シベリウスにはまるきっかけになった、ティントナーによる7番の感動が蘇る。
以前、ブルックナーシベリウスは指揮者を選ぶとか、いろいろ書いたが

http://hakuasin.hatenablog.com/entry/2013/04/30/045815

http://hakuasin.hatenablog.com/entry/2013/03/17/060824

それが如実に証明された演奏である。この曲の良さが素直にわかるので、1枚だけこの曲を購入したい人には第一に勧めたい。
自分の中では、シベリウス指揮者のトップはヴァンスカである。それは、彼の精緻、清澄な演奏がシベリウスの自然体に近い、という印象があったからだが、あくまで「近い」のであって自然体そのものではなかった。
なので、ヨルマ・パヌラのシベリウスがもっと多かったらトップの座は、彼になるだろう。っていうか、交響曲全集、管弦楽曲全集をNaxosで出してほしかった。現在89歳だが、もう無理なんだろうか。ティントナーのブルックナー全集は彼が80歳近くになってからだったんだが・・・
うーん、クレルヴォ三昧の最初にこんな演奏を聴いてしまうと、残りが逆につらいかもしれない。