ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」

フリッツ・ライナー指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1936 コヴェント・ガーデン)
レコード発売を目的とした「トリスタンとイゾルデ」の世界初録音は、言わずと知れたフルトヴェングラー盤(1952)であるが、現在では、放送用音源等が続々と発掘されて、それより以前の録音が山ほどある。
私の知る限りでは、エルメンドルフ盤(1928)ボダンツキー盤(1935)があるようだが、このライナー盤(1936)はそれらに次ぐ古さである。(当時の慣例として、若干のカットがあるらしい)
よって音質的には問題があるはずのこのライナー盤が、巷ではえらく評判がいい。
これ以降、歌手は落ちるばかりだ、とまで言う人もいる。
ステレオ録音を含めた古今の中でもベストにあげる人までいる。
それならば、一度は聴いておきたい。

イゾルデはフルトヴェングラー盤と同じく天下のフラグスタートであるが、フルトヴェングラー盤では既に60歳近く、最高音をシュワルツコップが歌ったという曰く付きの録音であるが、ライナー盤では40代になったばかり。
これを聴くと、フルトヴェングラー盤では、素晴らしい事は素晴らしいが、一生懸命歌っている感じがする。
それに比して、ライナー盤では、何の力みもないのに、そのままで圧倒的な声の力がある。なるほど、フラグスタートの全盛期とは、こういうものだったのかと、やっとわかった。
トリスタンも当時のトップ、メルヒオール、マルケ王はやはりライナーの「ばらの騎士」で男爵を歌っていたエマニュエル・リスト(こちら

フリッツ・ライナーと言う人は、今までにも何度か書いているが、速めのテンポで、引き締まった音づくりをする人、という印象があったが、前奏曲はもっとも遅いテンポの部類に属する。表現もかなり濃い。
本編に入るとテンポの緩急の差が半端ではない。早い部分は若干せかせかした感じになるが、中だるみを感じさせずに一気に聞かせる手腕はたいしたものだ。
残念なのは「愛の死」でオケがかなり奥にひっこんでしまったことだが、これはもういたしかたないことだろう。
確かにこれは、音質を差し引いても名盤かもしれない。