アン・デア・ウィーン劇場再開場祝賀演奏会(1962.5.31)(DVD)

指揮:ハンス・クナパーツブッシュ
ウィーン・フィル・ハーモニー管弦楽団
ベートーヴェン「レオノーレ序曲第3番」
ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」
ピアノ:ヴィルヘルム・バックハウス
ワーグナートリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」
ソプラノ:ビルギット・ニルソン
例の大全集の特典として付いてきたDVDである。クナの映像は以前「世紀の指揮者 大音楽会」というビデオ(フルトヴェングラートスカニーニ等々往年の名指揮者の映像てんこもりだった)でベートーヴェンの第9の第4楽章のラスト4分の映像(1942)を見たきりなので興味津々である。
レオノーレは通常は15分前後の曲を、やはりクナは20分かけて振る。もう、彼はワーグナーを振ってるつもりなのだ(ということは以前にも書いた)解説(の故岩城宏之氏へのインタビュー)によると、彼は若いうちに三半規管をやられていて、深くお辞儀をすると、そのまま倒れてしまうほどだったという。初耳である!おかげで飛行機にも船にも乗れず、活動範囲が狭められていたとか・・・でも、それで指揮をしてるのだからすごいものだ。1942年の映像はやはりまだ若く、異形の巨人が聳え立つ雰囲気だったが、最晩年の1962年の映像はやはり、かなり枯れている。が、簡素な部類に入るその指揮で、オーケストラが自在に変化するのだからやはり恐ろしい。
ピアノ協奏曲では、(この時だけ)眼鏡をかけてバックハウスに合わせる意志を見せ付けながら、実は一切妥協無く、両者とも自分のテンポを貫き通すという、一般には考えられない演奏。オーケストラメンバーも、クナを見、バックハウスを見、お互い顔を見合わせて「え?」「いいの?これ」といった顔をする。演奏が進むとやはりクナを見、バックハウスを見、苦笑いをしながら、ピアノソロのときはピアノに、それ以外はクナに合わせようとする。勿論、ソロからオーケストラのみに移行する部分はオーケストラはグダグダになる。それでも、クナなら許される。前述の岩城氏は、ちょうどこの会場にいて、その緊張感がむちゃくちゃ面白かったそうだが、映像で見てもそれは伝わる。ラジオで生放送もされたそうで、それを聴いた人はなんてひどい演奏だと思ったらしいが、岩城氏はこんな内容のことを言っている、曰く「クナはレコーディングされたものや、放送を通して聞くものではない、実際に会場で見てふし拝むものだ」なるほどー!!ちなみに、クナとバックハウスは仲が良いそうだ。不思議な関係。
そして、やはり圧巻は「前奏曲と愛の死」である。最初のフォッルテシモのピチカートのづれ気味のアインザッツから、もうクナの別世界へ誘われる。この曲は全く同じメンバーで1959年の有名なスタジオ録音(ステレオ)があり、それも大概名演なのだが、こちらはさらに即興性が強く、序盤の弦のデモーニッシュで魅力的な響きは、(クナも含めて)これまで私が一度も聴いたことがなかったものだと断言できる。弦のボリュームのバランスの違いから来るのだが、実際、「え?こんな響きだっけ?」とびっくりした。アインザッツはスタジオ盤より乱れているが、それはこの即興性によるもので、縦割りより横割りを重視した結果だが、それが、マイナスではなくプラスに作用して、絶妙の音楽空間を醸し出す。気がつくとニルソンが歌いだし「え?もう「前奏曲」の部分が終わったの?」と呆然・・・・聞き惚れている間に、10分があっという間に経ってしまったのだった。
PS.前述の岩城氏によると、演奏後のアンコールで、クナは観客の前に顔を出さず、引っ張っていこうとするバックハウスとニルソンを、むりやり会場へ押し出し、自分は袖からちらっと顔を出しただけとか。今回の映像はそこまで収録されていないのが、真に残念。やっぱりクナはシャイでおちゃめだったのだ。