今回、いろんな方向に話が飛んでいきます(汗)
元々のキリスト教に無かった聖母マリア信仰が、いったいどこから来たのか、知らなかったのだが、実はローマが東西に別れ、西ローマが「ローマ法王」を制定して、東ローマの教会と対立を深めた時に、新興勢力であるフランク王国と手を結ぶため、もともとの彼らの土着信仰(ゲルマンだからね)の地母神信仰を聖母マリアに置き換えて、彼らにおもねったからなんだと!!またまた目から鱗だ。クリスマスもクリスマスツリーもゲルマン発なんだと!!中世ヨーロッパがキリスト教絶対の社会だというのは、見かけ上の話なのだな。土着はやはり強い。
それで思い出したのだが、どこで読んだかは忘れたが、「その土地土地には大地の精霊がおり、どんな民族がその地にやってきても、結局はその精霊の特色をその民族は持つようになる。例えば、現代のアメリカ(合衆国)のヒーロー像は、まさにネイティブ・アメリカン神話のヒーロー像に他ならない」という内容の本を読んだことがある(今回ネットで調べたが、どの本だったかさっぱりわからなかった)もちろん一般常識から言えばトンデモ本なのだろうが、どこか真実の香りも感じる。例えば、古代、北方やら、南方から原日本人とも言える人々が、この日本列島に流入してきたわけだが、結局、日本という土地に潜む「日本の理念」といったものが、その後日本人となった人々を形成していったような気がする。どう考えても(言語の並びの類似性などから見て)古代においては日本と朝鮮(今の韓半島の国という意味です)は同系の民族であったはずだが、現在こんなにも価値基準が違ってきているのは、そういう原因があるのか?・・・・
自分たちのことだから気がつきにくいが、日本は世界的に見ても不思議な国である。例えばお隣中国では、権力を握ったものは、敵に対して徹底的な弾圧をしてきた。いわゆる三族皆殺しである。日本はその首謀者さえ処刑すれば、その親族や部下などは許してきた(勿論狭い島国で、うまくやってゆくための方便ともいえなくないが)また権力を握ったら、その前の権力者は廃されるのが世界的に見ても常識である。しかし、鎌倉幕府室町幕府も江戸幕府も天皇制を廃しはしなかった(足利義満が簒奪寸前に死亡したのも、大地の精霊のなせる業か)それどころか、一時期を除いて、権力、武力を持たない国家の長が何百年も存在し続けたというのは世界的にも例を見ないのではないか。
そこで、さらに思ったことがある。昔から、日本と欧米の音楽シーンを比べて見て、欧米は歌手等が、ちゃんと自分というものを持って自分の音楽を形作ったり、活動や行動をしているのに対し、日本というのは、どうも歌手自体は「神輿」であり、それを支える(もしくはあやつる)人間が仕切っているような印象があって、私的には「これだから日本は欧米に劣っている」等と思ってたりしていたのだが、前述のことを考えると、権力を持たない「神輿」の下で、才能ある人間が仕切ってゆくというやり方は、(いろいろ問題はあるにしろ)やはり日本的な方法で、それはそれでいいのだとも思えてきた。