先日、「日本の音楽は差別感が無いのでは」と書いた。こちら
で、ふと思ったのが朝比奈隆氏である。彼は若い頃はロシアの先生のいうとおりの指揮法であったが、あるとき楽譜への書込みをすべて消し去り、楽譜のあるがままを表現しようとしたという。結果、欧米の指揮者ではあたりまえの「主旋律はそれを際立たせるために」とか「伴奏や内声部は主旋律を引き立たせるために」などという、はからい事を一切やめてしまったのだ。その結果、小手先の技術では表現しきれない彼独特のブルックナーベートーヴェンが生まれたわけであるが、つまりは主旋律と伴奏の差別をしない、ということになると、朝比奈さんはまことにも日本的なアプローチをクラシック音楽に対して行っていたことになるのだ!
余談だが、中島みゆきの「宙船」のリズムはすべて頭打ちで強拍弱拍の区別が無い様に聞こえる。これもつまりはそうなのか?