私はもう、野球もサッカーも、あまり見なくなってしまったのだが

日本のサッカーは、守りに徹しているが、派手なシュートが少ない分、世界的には
「面白くない」「あんなものはサッカーではない」
という意見があるようだ。

野球も「投げて打つ」ベースボール」と「走って守る:野球」は根本的に違うらしい。

最近、ミスユニバースで日本代表がいい位置につけたりするが、あんな「海外向けの日本」が日本代表なのだろうか。

海外では、「日本的」というと、どうしても「派手なエキゾチシズム」でないと受けない、という時代が長かった。
 
しかし、そろそろ
「日本文化の本質」「わびさび」「精神性」
「見かけの派手さにとらわれない堅実性の奥深さ」
こういったものを、そのままに世界にアピールしてゆく時期がきたのではないだろうか。
それこそが、これからの「世界」に必要な、日本の存在価値なのではないだろうか。

世界は、今まであまりにも「西洋民族」の「わかりやすい単純性」に席巻されすぎて来たのではないだろうか。
 
「あんなものはサッカーではない」という人は「日本のサッカーの奥深さ」をわからない「単純人間でしかないこと」を表明しているのである。