今後の「指環」の聴き比べについて、とワーグナー歌手

ラインの黄金」を飛ばして「ワルキューレ」の聴き比べを終わったのだが、繰り返しになるが、やはりクナッパーツブッシュ(1956年)は、音楽の息遣いが実に自然だというか、本来あるべき音楽のありように沿った音作りだと確信した。聴かせどころのフレーズ等も、聴かせて欲しいような絶妙なバランスとテンポで聴かせてくれるのは、やはりクナ盤である。
そうなると、贅沢なようだがオケが引き気味なのが惜しい。1958年盤は、もっとオケが生々しいらしいので、欲しくなってしまうではないか!

さて聴き比べの今後であるが、次作の「ジークフリート」は、ラストのジークフリートブリュンヒルデの出会いの場面のみ聴き比べて、あとは「神々の黄昏」へ行こうかな、と思っている。
言い訳になるが、「ジークフリート」は、一応LDで見ているし、クラウス盤を会社の昼休みにざっと聴いているし、ラスト以外は「英雄の竜退治」のメルヘン的要素が強いため、「ラインの黄金」共々後回しでいいかな、と。それよりも、大詰めの4部作最長のボリュームと最大のドラマである「神々の黄昏」を聴いてしまった方がいいかな、と。
しかし、これも幕ごとに聴き比べるか、通して聴いて聴き比べるか・・・・・なんといっても4時間強である・・・・やはり、短いサイクルで聴き覚えのある部分を聴いた方が、理解は早そうだ。いずれ(いつになるかは見当もつかないが)通して聴く事にして。
ちなみに、歌手について何も触れてこなかった。
今回あらためて思ったのが、昔からフルトヴェングラー等古い録音もけっこう聴いてきているのに、今回聴いた歌手のほとんどが(名前は知っていても)初めて聴く歌手ばかりである。
以前、オペラはドイツ系と非ドイツ系(イタリア、フランス等)に分かれ、劇場も歌手もだいたい分かれている、と書いた事があったが、ドイツ系の中でも「ワーグナー歌手」「非ワーグナー歌手」に分かれているとしか思えない。
今回、クラウス盤、クナ盤は、ハンス・ホッター、アストリッド・ヴァルナイ、ヴォルフガング・ヴィントガッセン等の往年のワーグナー名歌手をそろえてあり、フルトヴェングラー盤の歌手も素晴らしいが、前者の方がワンランク上である事は、聴き比べていくうちに分かってきた。(勿論、両方で歌っている歌手もいる)
クラウス盤「ジークフリート」最終シーンでは、ヴァルナイ、ヴィントガッセンがあまりにすごいので、歌い終わったとたん、後奏の終了を待たずに、(あのドイツのおとなしい)観客が熱狂的な拍手を始めてしまったほど。
これ以降の歌手は、未だにこの時代に及ばない、と言う世評もうなずける気がする。でも、やはり太いドラマティック・ソプラノは苦手だな(笑)