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今昔物語集と聖徳太子

今昔物語集聖徳太子
以前、今昔物語集と読破中と書いた。
読み始めようと思うまでは、今昔物語集は、芥川龍之介が作品化した「鼻」や「羅生門」等のような、日本の物語を集めたものがと思っていた(同じような人もいっぱいいると思う)
しかし、実際は、天竺部(インド)震旦部(中国)本朝(日本)仏法部、本朝世俗部、で構成され、当時の日本にとっての全世界の説話を集めたものだった。
我々が馴染みがある今昔物語集は、本朝世俗部に限定されたものだったのだ。
で、がんばって天竺部、震旦部と読み進め、本朝仏法部に取り掛かったところでびっくりしてしまった。
聖徳太子六歳のおり、百済よりお経が伝来した時、そのお経を見たいと太子がいい、天皇がその理由を尋ねると、自分は前世で中国で仏法の修行をしたのだ、と語ったという。
別に、聖徳太子の前世が中国だからびっくりしたのではない。
今昔物語に、こういうことが書かれていることを、私が今まで知らなかった、ということにびっくりしたのだ。
これでも歴史が好きな方だから、聖徳太子について書かれたものも、けっこう読んではいるが、たとえ「説話」とはいえ「なぜ聖徳太子が、伝来した仏教を受け入れたか」という重要な理由であるこの前世の話を、なぜ世間では無視しているのだろう。
そう考えると、天竺部、震旦部の現代語訳は、講談社学術文庫で比較的入手しやすい、我々に馴染みのある本朝世俗部は、引く手あまたの現代語訳があるが、それに比してこの本朝仏法部は、不当なほど現代語訳が少ない。
また、他の部分は、その説話の出典をはじめとする解説も詳しいが、本朝世俗部は詳しい解説があるものが無い(あるのだろうが気軽に読める状況にはない)
この聖徳太子の前世の話も、出典を知りたいがネットでも調べきれない。
これは、なにか、大きな力が働いて、聖徳太子の前世の話を広めないようにしているのではないか、等と疑ってしまう。