プッチーニのエキゾティシズム

東京在住時に衛星から録ったオペラの映像をDVDに焼いている。いつ見るかもわからないが、いつか見るかもしれないのでもったいなくて消せなかったものもある。そんな中にプッチーニの「西部の女」がある。これが同じプッチーニの「蝶々夫人」や中国を舞台にした「トゥーランドット」と実は同じコンセプトだといったら、みなさんはどう思われるか。日本人はえてして欧米をいっしょくたに考えがちだが、19世紀末から20世紀初頭にかけて、(交通も通信も今とは比べ物にならない時代だ)ヨーロッパにとっては、アメリカも日本も中国も、普通の人なら一生行くことも無い、一種別世界の夢の国なのである。つまりは、エキゾティシズムなのだ。
一昔前は、日本人が「蝶々夫人」の演出や舞台設定、大道具等が、ちっとも日本らしくないので、なんとか本当の日本に近くなるように働きかけたり、日本人が演出して真の日本の姿を欧米人に伝えようとしたものだが、実は夢の世界の話なのだから、そう目くじらを立てる問題でもなかったのかもしれない。
そうしてみると、なぜアメリカでもないのに「ピーター・パン」の舞台ネバーランドに「インディアン」がいるのかがわかるのだ。つまりは、海賊もインディアンも、当時のヨーロッパの子供にとっては、ワクワクする夢の世界のアイテムだったのだ。