雲なす証言(1926)

ドロシー・L・セイヤーズ
ピーター卿シリーズの第2作である。前回このシリーズはキャラが立っている例として、彼の母親について述べたが、今回は執事(従僕)のバンターである。2週間は滞在するはずのホテルでピーター卿が朝風呂からあがると、バンターがすっかり荷造りを済ましている。ピーター卿の兄の公爵が殺人犯として逮捕されたという新聞を見て、彼に断る間もなく、荷造りと飛行機の予約まですましてしまったのだ。本来ならば、立場上主人の判断を仰ぐべきところであろうが、ピーター卿との確固たる信頼関係と彼の人間性を深く理解した上での行為なのだ。
私は彼をイメージする時、サンダーバードのペネロープの執事(運転手)のパーカーを思い浮かべてしまう。しかし、このシリーズには他にちゃんとパーカーという警部が重要な登場人物として存在している。なので、勝手な話なのだが、読んでいると頭の中がこんがらがることがたまにある(爆)
さて、この作品、推理小説としては弱いのでは、という意見がある。以前短編集の時に「読者が探偵と一緒になって謎解きをするという楽しみには若干欠ける気がする」と書いたが、この人の作品全般に言えることなのかもしれない。しかし、貴族階級の没落、社会主義の勃興といった第1次大戦後の複雑な世相と人間模様を盛り込み、しかもユーモアに富んだ内容は抜群に面白いし、「ああ、あれがこれの伏線だったのか」と納得する瞬間はカタルシスに近いものがある。欧米ではクリスティに並ぶ人気というのもうなづける。