おせん

きくち正太
ドラマになったということもあり、また読み返している。この人の絵柄は独特で、もしかしたら受け付けない人もいるかもしれない。それについて前々から考えていたことがある。
高橋克彦さんはご存知の方も多いと思うが、元々「浮世絵」の講師出身であり、浮世絵についての著書も多い。その中で、なぜ19世紀のヨーロッパ画壇に浮世絵が衝撃を与えたのか、についての解説があって興味深い。
ヨーロッパの絵画は、貴族の肖像画が主な仕事であるがゆえに、いかに本物に近い絵を書くかを目標として長年発達してきた。よって、マンガのような輪郭線も無い。遠近法、陰影等を駆使したリアリズムの極地を求めてきたわけだ。
ところが「写真」が発明されると、写真が普及し、貴族自身がカメラを持つようになることが予想されると、画家達は一気に失業の危機に陥る。そんな時代に日本の浮世絵がヨーロッパに紹介され始めた。
元々、日本にも遠近法や陰影術もあったが、大きさの限られた版画にそれらを盛り込むのが難しいことから、日本の版画は遠近法や陰影術を一切切り捨てることで発達してきた。そしてヨーロッパの画家達は、自分達が大事に発達させてきた遠近法や陰影術無しでも、まったく芸術として遜色の無い出来となってる浮世絵という物に、大きな衝撃を受けたと言うのだ。それが印象派等の誕生を生んだ。
そして、別の著書において、浮世絵から現代の日本のマンガへ流れについて語られ、代表的な作家として、花輪和一丸尾末広、吉田光彦、杉浦日向子(さらに、ひさうちみちお)の名を挙げているが、私はここにきくち正太の名も付け加えたいのだ。(長い前置きでした)
彼の絵も意識的に陰影を無くし平面的にしあげてある。また、画面全体に何本かの大胆な曲線の構図を配し、人物の髪型の線や体の線を、その曲線にあわせて描くと言う、一種人物デッサンを無視したような絵を描くのである。私はこれが実は浮世絵的なのではないか、と思っているのだ。
古本屋で、彼のデビュー作あたりをチラッと見たことがあるが、当時は今の絵柄からは想像の付かないあきらかな「アラレちゃん」フォロワーであった。今の絵柄になるまでは、大分修行を積んだのだろうな。