時の娘(1951)

ジョセフィン・テイ
ジョセフィン・テイのシリーズ探偵、グラント警部によるベッド・ディテクティブで、当時誰もが極悪人だと思っていたリチャード3世の濡れ衣を晴らす、と言う内容で、高木彬光の「成吉思汗の秘密(1958)」がこの作品にインスパイヤされて書いたということで、けっこう前に買ったはずで、再読しようと探したが見つからず、再度ユーズドで購入した(シェイクスピアの「リチャード三世」も買ったっけ)
早い話が、ランカスター家とヨーク家による薔薇戦争というイギリスの内乱後成立したテューダー朝が、自分達を正当化するために、直前の王を極悪人に仕立てた、と言う事。(それだけ成立条件が脆弱だったと言う事だが)
王朝が変わる際、またはそれに準ずる事件があった場合、直前の王朝を悪く書いて、自分達が取って代わった事の正当性を主張するというのは、洋の東西を問わずよく見られる現象である。
中国では夏の桀王、殷の紂王、秦の始皇帝も含んでいいかもしれない。
日本では武烈天皇称徳天皇(と道鏡武田信玄の父信虎等。
シェイクスピアの「リチャード三世」が、誤解に一役買っているのは、「仮名手本忠臣蔵」という歌舞伎が、史実とごっちゃにされて、吉良上野介悪人説に一役買っているのを髣髴させる。
先日のバラバとマグダラのマリアでもそうだが、後世のミスディレクションに騙されないようにしなければならない。
南〇大虐殺といわれている事件も、どこかの国のミスディレクションが看破されて、いつか真相が明らかになる事を祈る。
この作品は、そのミステリーとしての内容も良いのだが、登場人物のやり取りの機微が大変楽しめる。
そこらへんの作風は、ドロシー・L・セイヤーズをはじめとする、イギリス女性ミステリー作家の伝統なのだろう(性格にはテイはスコットランド生まれ)
その分、ミステリーとしては・・・・という評価もあり、以前はこの作品を含めて3作品しか翻訳が無かった。
現在はミステリー全8作品の翻訳が出ている(ただし文庫は少ない)
「時の娘」にはグラント警部の恋人、舞台女優のマータ・ハラードが登場するが、彼女との馴れ初めとか、その後どうなったのかとか、個人的には大変気になるが、安くならないと買えないなあ。
「歌う砂─グラント警部最後の事件」というのがあるが、完結編ではなく、単にテイ女史が亡くなってしまったために、最後の事件になってしまったに過ぎない。

ちなみに、2009年に「ロマンティック時間SF傑作選 (創元SF文庫)」として同名の本が出ているので、要注意。

「成吉思汗の秘密」については、こんな事を書いた事がある。こちら
そういえば、リチャード3世を極悪人に仕立て上げたテューダー朝の始祖ヘンリー7世の息子が、かの「ヘンリー8世と6人の妻」のヘンリー8世であり、メアリー1世、エリザベス1世を経てテューダー朝は断絶するのだが、捨てられたり殺されたりしたヘンリー8世の元妻の呪いもあるだろうし、因果応報である。
さらに言えば、シェイクスピアの「リチャード三世」はエリザベス1世の在位中である。そりゃあリチャードを悪役にせざるを得んわな。
PS.リチャード3世について、ネットでいろいろ調べたら、イギリスでは「リカーディアン」という言葉があって「リチャード三世擁護主義者」とのこと。
"The Richard III Society" (リチャード三世協会)をはじめ、いくつか団体があって、活動しているとか。
PS2.森川久美が「天の戴冠」という漫画で、悪人でないリチャード3世を描いているとか・・・・読みたいが、収録されている本が、ちとお高い。