アーシュラ・K・ル・グウィン「失われた楽園」(2002)

今回長くてすいません。

ル・グウィンの短編集「世界の誕生日」については今まで2回書いているが

https://hakuasin.hatenablog.com/entry/2025/06/21/064303

https://hakuasin.hatenablog.com/entry/2025/06/22/061759

この短編集はハイニッシュ・ユニバースものの短編が6編、ダンセイニの
香りがほのかにする表題作の短編、そして「失われた楽園」という中編から成り立っている。
当初一気にすべてを読むつもりだったが最後の「失われた楽園」(この短編集のための書き下ろし)を読むのをちゅうちょして間に反地球シリーズを読んでしまった。
理由としては、お馴染みの作者による解説でこの作品が世代宇宙船の話だ、と書いてあったから。
相対性理論で光の速度を超えられないとされたあと、SF宇宙の長距離旅行をするにはどうしたら良いかというアイデアがいろいろ生まれた。それはワープであったりこの世代宇宙船、すなわち宇宙船の中で何世代も経過させることにより最後の子孫が目的地に着けばよしとする等。
そしてこの世代宇宙船を肯定的に捉えるもの、また結局世代を追うごとに当初の目的意識が失われていくのではないか、という否定的なもの、等いろいろな観点でSFは書かれてきた。
私が覚えているのは作者のタイトルも忘れたが、ある星に他の文明から世代宇宙船が着くという情報がありその星では大歓迎のムードだったのが、降り立った乗組員が自分の人生の自由を奪われたことにうんざりしていて、大歓迎ムードも台無しになった、というもの。
そういう事もあって、どうもこのテーマの作品を読んでネガティブな気分になりたくない、というのでいったん待機状態にしていたのだ。
しかし読んでみるとさすがにル・グウィンである。
(作中ははっきりと書かれていないが数千人規模の巨大社会の世代宇宙船であることが前提)世代を追うごとに発生する精神的、肉体的諸問題、それにつれて独自の変化を遂げる社会構造、精神構造、性、恋愛、結婚の形。その人間模様。今更ながらにル・グウィンの発想力には舌を巻く。
特筆すべきは(ル・グウィン自身も前書きで宗教問題を絡めることができてやっと作品が完成した、と書いているが)このまま(何の不都合もない完璧な環境である)宇宙船で(目的地に到着することなく)永遠に旅を続ける事が真のそして永遠の魂の幸福である、という教義の宗教の発生と勢力拡大である。言われてみれば地球を知らない世代が何世代も宇宙船の中で生活していれば、そういう発想も確かにありえる。
そしてクライマックスは実際に新しい地球の候補地に到着してからで、先ほども書いた宇宙船内しかしらない人々が、初めて(我々が言うところの)自然というものに相対した時の心の動きや行動である。
ル・グウィン自身はこの作品はエクーメン(ハイニッシュ・ユニバースにおける宇宙連合)とは無関係であると書いているが、なんとなればハイニッシュ・ユニバースにおける人類であるハイン人が遠い昔に辺境宇宙へ人々を送り出した際の物語の一端と読めなくはない。
エクーメンが辺境で再発見するはるか昔のかつての同胞が構築した社会が、あまりにもハイン人の社会と違っている、ということがハイニッシュ・ユニバースもののひとつの出発点である(例えば「闇の左手」のように)ということを考えれば、なるほど、こうだから違った社会が生まれたんだな、と納得しやすくなる気がする。
もし、これがハイニッシュ・ユニバースものと仮定するなら、最後に書かれたハイニッシュ・ユニバースものになるわけで、ル・グウィンは図らずも最後の最後にハイニッシュ・ユニバースの始まりの物語を書いた、と言えなくもないのではないか。
牧歌的なラストも秀逸。
ル・グウィンの作品は読めていないものがいっぱいある(オールウェイズ・カミングホームなぞ喉から手が出るほど読みたいがお高い(涙))なので断言はできないがこれは彼女の傑作の一つではないかと思う。