長谷川時雨の話(と岡本かの子)

先日「また読みたくなる女流作家に出会ったぞ」と書いた長谷川時雨であるが「新編・近代美人伝」(岩波文庫 上下巻)がユーズドでお安かったので購入、その他の作品を読むために図書館で「長谷川時雨作品集」を借りてきて、まずは解説を読んだ。
長谷川時雨作品集の解説「人と作品」はかなり充実していて助かった。この本も意外に近年出版で(2009年)解説によると再評価の動きがあるらしい。
さて、「新編・近代美人伝」の解説によると長谷川時雨の業績は、劇作家としての活動、美人伝の執筆、「女人芸術」の刊行、の三つに大別できるという。
戦前の日本において初の女性執筆者のみの文芸誌「女人芸術」の発行はとんでもなく画期的であったろうし、執筆した作家やそこから巣立っていった若き作家達もびっくりするほど綺羅星のごとくの有名作家ばかりで、こんなエポックメイキング的な事をした偉人の事を寡聞ながら知らなかったのが我ながらびっくりであった。
「女人芸術」に執筆した作家、巣立っていった作家については最近よく触れている九条武子、柳原白蓮をはじめ、平塚らいてう等詳細はネットで調べてもらいたいが、その中に先日図書館で借りてきた岡本かの子の名前があった。
実は恥ずかしい話なのだが、以前縄文文化との関連で岡本太郎にはまった時期があったが、その際に太郎の母が作家であった、という情報はその時得ていた記憶があるが、図書館から借りてきて、小説はぴんとこないがエッセイはどうだろう、と今度はエッセイ集を借りてきて、あれ?もしかして・・・・?と、やっと岡本太郎の母と借りてきた岡本かの子が同一人物であったことを知ったのであった・・・・(汗)