トスカニーニのシューマン 交響曲第3番「ライン」、マンフレッド序曲

シューマン 交響曲第3番「ライン」
トスカニーニ指揮 NBC交響楽団(1949)
シューマン マンフレッド序曲
トスカニーニ指揮 NBC交響楽団(1946)


なんか急にウェーバーが聴きたくなって、家にあるものを探したらクライバーの「魔弾の射手」全曲フルトヴェングラーの「魔弾の射手」序曲、シューリヒトの「オイリアンテ」序曲「オベロン」序曲、そしてトスカニーニの「魔弾の射手」序曲「オイリアンテ」序曲「オベロン」序曲があった。
とりあえずすべて聴いて(クライバーは序曲のみ)ふと気づくとトスカニーニシューマン交響曲第3番「ライン」とマンフレッド序曲がカップリングされている。
あれ?トスカニーニシューマンって聴いてたっけ、と思ってブログを検索するも無いので聴きそびれていたものと思われる。トスカニーニBOXのシューマンはこの2曲のみなので貴重と言えば貴重。
さて、第1楽章を聴いてびっくり、遅いのである!トスカニーニなのに(笑)どのくらい遅いのかというと、演奏時間がかのコンヴィチュニーとほぼ同じなのだ。しかし、コンヴィチュニーより凄絶である。長調の曲なのに!しかしそれが実に気持ちいい。矛盾した表現だが「心地よい凄絶なカンタービレ」とでも言おうか。
第2楽章以降は、いつものトスカニーニでテンポは速めだが「心地よい凄絶なカンタービレ」は変わらない。標準盤ではないかもしれないがこれも名演のひとつだろう。愛聴盤が増えた。
マンフレッド序曲はさらに「激烈」(笑)
しかし、久々にシューマンを聴いたが、なにげに私はシューマンが好きなのだな。

「世界ふしぎ発見!」のブルターニュ

世界ふしぎ発見!」のサブタイトルが「海と風が織りなす絶景 フランス灯台街道」となっていたので、もしかしてブルターニュ半島かと思い録画していたのを見た。
予想通りブルターニュ半島だったので期待していたが、ケルトのケの字も出ず、寂しかった。
テーマとは直接関係ないのだろうが、フランスとは異なる文化圏であることぐらい触れて欲しかった。

久々に見た「エクスカリバー」(1981)

久々に「エクスカリバー」(1981)を見て、見落としていた事に気付いた。
パーシバルが持ち帰った聖杯でアーサーが復活するくだりは、やはりワーグナーの「パルジファル」そのものではないか!
これでますます、以前に書いた「この作品はアーサー王伝説ワーグナーの世界観で再構築した作品」という私説が確固たるものになった。
ちなみに、この映画はマロリーの「アーサー王の死」を忠実に映画化している、と書いている人がけっこういるが、「アーサー王の死」を読んでいないとしか思えない。
大きな違いは、エクスカリバーの喪失が大地(=アーサー王)の荒廃を招き、大地を救うために聖杯探求がなされるという点で、聖杯探求のせいでパーシバル以外の円卓の騎士はみんな死んでしまう。また最後の戦いで逃亡していたランスロットが円卓の騎士として死ぬために戻ってくる。こんな重要な展開が「アーサー王の死」に存在しないのに、どこをどう取ったら「アーサー王の死」の忠実な映画化と言えるのか。
これを改めないと、アーサー王伝説入門編としてこの映画が扱われてしまう。それはそれで悪くないのだが、アーサー王伝説そのままではない事はちゃんとひろめるべきだと思う。
この映画について以前書いた内容は以下。

http://hakuasin.hatenablog.com/entry/20060925/p1

http://hakuasin.hatenablog.com/entry/20101208/p2

http://hakuasin.hatenablog.com/entry/20110105/p1

シベリウス レンミンカイネン組曲の話、あれこれ

昨年末にトスカニーニの「トゥオネラの白鳥」(レンミンカイネン組曲)を聴いてから、レンミンカイネン組曲の聴き比べが始まってしまった。
家にあるのは以下のとおり。
オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団(1978)
サラステ指揮 フィンランド放送交響楽団(1988)
サロネン指揮 ロサンジェルス・フィルハーモニック(1991)
ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団(1996)
サカリ指揮 アイスランド交響楽団(1997)
ヴァンスカ指揮 ラハティ交響楽団(1999)
デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団(2000)

最も直近で購入したオーマンディ盤は、テンポ設定には無理がないが、楽器バランスやボリュームコントロールに「面白く聴かせる」ための作為が感じられる。しかし、不快というほどではなく、シベリウス初心者にはわかりやすい演奏として勧められる。
無理のない自然流に近い演奏として勧められるのががヤルヴィ盤、そして意外にもデイヴィス盤である。デイヴィスは交響曲は作為的な指揮をするのに、交響詩はけっこう素直でのびやかな演奏をする。しかし、この曲に関しては全体に非常に繊細な演奏で、曲の性格からして繊細過ぎる気もする。しかし、第3曲の「トゥオネラのレンミンカイネン」が実にいい。
この第3曲は、普通に演奏すると音楽が持たないのでは、と錯覚させるような、けっこう指揮者泣かせの曲なので、速いテンポで押し切る指揮者もいれば、それぞれに様々な工夫を凝らす指揮者もいる。しかし、ここはシベリウスの音楽を信じてなるべく素直に演奏してほしい。その点、作為性も無く遅いテンポで押し切ったデイヴィスは好感が持てる。(ヤルヴィは速いテンポで押し切った)

次に、曲順の話
以前にも書いたが、本来の曲順はストーリーに合わせて
「レンミンカイネンと島の乙女たち」
「トゥオネラのレンミンカイネン」
トゥオネラの白鳥
「レンミンカイネンの帰郷」
だったのが、シベリウスは改訂を重ねるうちに「トゥオネラのレンミンカイネン」と「トゥオネラの白鳥」を入れ替えた。そうすると、長い曲と短い曲が交代ででてくるので、全体のバランスはとれる。
しかし、「トゥオネラのレンミンカイネン」の終わったか終わらなないかのような静かなエンディングから「トゥオネラの白鳥」の始まったか始まらないかのような静かなイントロにつながった方が、つながりとしては正解なのではないかと今回気づいた。
ちなみに上記ではサラステ盤、サロネン盤、サカリ盤が最初の曲順で演奏されている。

「黄金虫」をハードロック化しようとした思い出

最近は、娘や奥さん経由で日本のバンドもよく耳にする。
打首獄門同好会キュウソネコカミマキシマム ザ ホルモンクリープハイプ・・・ETC ETC(今更ですいません)
私らの時代は、洋楽ロックがお手本だったが、もうすでに日本のロックはジャンルレスというか、独自の進化を遂げていることがよくわかる(今更ですいません、パート2)
ふと思い出したのが、どのバンド時代かは忘れたが「黄金虫」(黄金虫は金持ちだ、金蔵建てた蔵建てた~)をハードロックにアレンジしてやってみよう、とメンバーに提案したら「えー?ダサい」と即、却下されたことがあった。
娘にその話をしたら「今なら全然ありじゃん」と言われた。先見の明か(自爆)