松風の記憶(中村雅楽探偵全集5) その1

戸板康二
最終巻は長編2作「松風の記憶」(1960)「第三の演出者」(1961)とミステリ関係のエッセイを収録。
まずは「松風の記憶」
ミステリ作家としてのデビューが1958年だから、デビュー間もない頃の長編ということで、いわゆる中期以降の雅楽ものに慣れてしまった今ではどうだろうという危惧があった。
しかし、はじめに殺人とも断定できない人死にがあったあとは、その死体発見に遭遇した修学旅行中の女子高のその後が淡々と語られるなど、複数の一見無関係な世界の物語が並行して展開してゆく。
通常の「ミステリー」を読むのだと思って読み始めると肩透かしをくらうかいらいらする人もいるかもしれない。
クリスティ晩年の作風を思わせるが、解説にあるとおりちょっと違う。
思いついたのは「三人吉三」である。あの三つの世界が終結部にむかって見事により合わさって結合してゆく様を思い起こさせる。
ミステリーとしては、読者の予想通りの展開と結末で、あっさりしているが、この作品の主眼はその見事な構成の方にある。
(ネタバレ)前半丹念に成長ぶりが描かれた少女が、ミステリーの決まりとはいえ殺されてしまうのは切ない。