エクスカリバー(Excalibur)(1981)

ケルト、ゲルマン、ローマ、原始キリスト教、ごちゃごちゃに再勉強しているけれども、アーサー王に引っかかるとまた深みにはまると思って避けていたのだが、やはり避けられない運命のようで、結局アーサー王関連も再読すると、またこの映画が見たくなった。
いきなり驚いたのは、冒頭からワーグナーの「ニーベルングの指環」の「神々の黄昏」の「ジークフリートの葬送行進曲」から始まる事。以前からこの映画については書いているが物を知らないと言うのは恐ろしい事だ。
この曲は映画全体で使用されている。つまりは映画のテーマ曲である。
魔術師マーリンが、真の王を得るためとは言え、ウーサーの欲望をかなえるために魔法を使ってアーサーの誕生を導く。しかし、それはアーサーの異父姉モーガナ(モルガン)の復讐心の元になり、アーサーの死の原因になる。つまりはアーサーはその誕生の時から「死」を約束されているのだ。ヴォータンの策略によりこの世に生まれたがゆえに死ななければならなかったジークフリートを思わせる。それがゆえに「ジークフリートの葬送行進曲」がテーマ曲として使われているのだ。
マーリンは繰り返し「神々の時代は終わる。一つの神に統べられた人間の時代が始まる」と語る。これこそゲルマンの神々の時代が終わり人間の時代が始まる、という「神々の黄昏」そのものではないか。アーサーの死は「神々の黄昏」の象徴なのだ。いや、それよりも原作の「アーサーの死」と違って、冒頭から現れる「エクスカリバー」がその役目を終えることが「神々の黄昏」の象徴かもしれない。(だからタイトル「エクスカリバー」なのだ)がそれならば湖に戻る「エクスカリバー」はライン川へ戻ってゆく「ニーベルングの指環」か?
つまりはこの映画は徹頭徹尾アーサー王伝説を(ゲルマン伝説やケルト伝説を再構築した)ワーグナーの世界観(「ニーベルングの指環」「トリスタンとイゾルデ」等」)で再構築した作品だったのだ。
物を知らなかった頃の過去のちょっと恥ずかしい記事はこちらこちら
そうなると、また。「エクスカリバー 聖剣伝説」のほうも見たくなるなあ。
PS.昔はマーリンがかぶっている(?)銀のヘルメットみたいなのが違和感があったのだが、この映画は鎧兜等をきれいにきらめかせることで、中世の風景の画面の暗さを補っているということを今回感じたので、マーリンの銀の頭も、その一環なのだとわかってきた。
PS2
アーサー王妃グィネヴィアの父、レオデグランスがなんか似てるなあと思って確認したら、やはりパトリック・スチュワートだった(汗)スタートレックやX−MENでおなじみの彼が「デューン/砂の惑星」(1984)で出世する前である。
また、ガウェイン役の人もなんか見覚えがあると思ったら、スター・ウォーズでオビ=ワン・ケノービの師匠、クワイ=ガン・ジンを演じたリーアム・ニーソンだった。