「アイルランド幻想」ピーター・トレメイン(1992)

翻訳:甲斐万里江(2005)
先日ちらっと触れたピーター・トレメインであるが(こちら
間に「巨人たちの星」3部作が挟まってしまった「デューン・シリーズ」再読も終わり(こちらも最後の2シリーズを購入という、最初の予定外の結果になったが)ようやく読み始めることにした。
最初は、「修道女フィデルマ・シリーズ」の執筆順にしようかと思ったが、そもそも作者と訳者の相談で、シリーズ中、日本人に受け入れられやすい順に翻訳することになったらしく、最初の翻訳「蜘蛛の巣」(1997:2006)は第5作である。なので、あまり執筆順にこだわらずに、日本での出版順(もしくは入手順)に読む事にした。
そして、これがピーター・トレメインの邦訳第1弾で、アイルランドの古代伝承を、近代に設定を替えて書き換えることによって幻想文学として再生する、という趣旨の短編集である。
物語の舞台として多く登場する、アイルランドを南北に流れるシャノン川の西側は、いわゆる「荒涼たる地」で、そのせいで侵略してきたイギリスは、東側から西側へアイルランド人を追いやって東の地を略奪した。しかし幸か不幸か、そのおかげで西側にはアイルランドらしさが残った。こういったことはこの本を読むまでは知らなかった。また、ローマによる侵略は免れたものの、アイルランドがイギリスから、それこそインディアンや黒人奴隷並みの虐待を受けていたとも。(自分の不勉強に冷や汗が出る思い)アイルランドがカトリックであり、イギリスがイギリス国教会であることも拍車をかけ、神父の首に賞金が掛けられた、などと、無宗教の日本人にはにわかには信じがたい過去もあったようだ。
さらに、ケルトが滅ぼしたというアイルランドの先住のダーナ神族(デ・ダナーン)やフォモール族(フォーモーリィ)の影響が色濃く残っているのも興味深い。日本で、天津神に滅ぼされた国津神信仰(出雲神社の国津神等)が残っているのを髣髴させる。
また「インマウス」という地名が出てきて「インスマウス」を思いだしてドキッとする。フォーモーリィとは「海深く棲まうもの」の意味だそうで、もしかしたらここらへんがラグクラフトのルーツかもしれない。
イギリスのケルトについては、サトクリフによってかなり生々しく感じてきたのだが、今までアイルランドはクーフリン等の神話が中心だったので、どうしてもリアリティを感じずに今まで来たのだが、これで、アイルランドにも親近感が持てそうだ。
そういった点を抜きにしても、ホラーとしてもかなり巧みな一級の作品揃いといえるので、万人にお勧めできる。映像化したら面白そうだな。
PS.あの小泉八雲もアイルランド系だそうな。スコットランド、アイルランドの音楽に日本人が親しみを覚えるように、日本の怪異世界は、アイルランド系の八雲に親しみを覚えさせたのだろうか。