ブルックナー交響曲全集
アイヴォー・ボルトン指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 (2005~2015)
ネット上でみかけて、解説に「ピリオド奏法を取り入れた軽やかで透明感ある響き」とあって、興味を持ったので買ってしまった。先日、ディーリアスは一休みと書いたのは、実はこれを聴くため。
ブルックナーへのピリオド的アプローチは、ヘレヴェッヘが知られているが、彼は交響曲は4,5,7番しか録音しなかった(と思う)その点、全集はありがたいが、0番が無いのが寂しい。
ブルックナー 交響曲第8番(ノヴァーク版)
アイヴォー・ボルトン指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 (2009)
というわけで、いきなり8番から聴いてしまう。
第1楽章冒頭でわくわくしてしまい、これは名演の予感、と思ったら予想通り名演だった。
確かに小編成(通常の小編成よりは増員しているらしい)なので、各楽器の旋律線がよくわかる、等の特徴があるのだが、ピリオド演奏だからどうこう、というのはこの演奏を語る上では逆に邪魔かもしれない。決して軽やかではない。
これは、クナッパーツブッシュを始めとする歴代の名演に遜色ない堂々たる演奏である。つまりは真摯な演奏、ということだ。テンポの変化もあるのだが、ぎりぎり許容範囲である。
さぞやネット上での評判もいいのだろう、と思ったら「結論のみでドラマが無い」とけなしている人がいてびっくりした。
この方が言っていることの前半は間違ってない。けだし慧眼である。
しかし、ブルックナーにドラマを求めている、という事はヨッフムのブルックナーあたりを喜んで聴いている人なのだろうか。
ブルックナーの音楽は、宇宙の真理のように、ただそこに「ある」のである。我々はそれを素直に鑑賞するのみである。
小賢しく俗っぽい人間のドラマ性を持たせた演奏をし、そこからドラマを感じるように聴く、というのは、ブルックナーの本質からもっともかけはなれているのである。
ブルックナー 交響曲第9番
アイヴォー・ボルトン指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 (2005)
(2026/4/16 追加)
久々に読み返したらタイトルには9番とあるのに感想が無いのに気づいた。最初から忘れたのかブログ移行で漏れたのか定かではないが、気持ちが悪いので再度聴き直して感想を書く。
若干タメがあったりティンパニがおどろおどろしすぎる嫌いがあるのは2番の時に書いたが録音年が早いせいだろう。しかし小編成ならではの木管の強めのバランスが新鮮だし、若干速めのインテンポも好ましい。また、マタチッチと同様にアダージョの例のヴィオラの強奏が嬉しい。勿論ブル9の演奏を全て聴いたわけではないが、私の聴いた限りではこのヴィオラがちゃんと聴こえるのはマタチッチ、ヴァント盤(1993)朝比奈隆さんのN響盤(2000年)ぐらいであったが、ヴァントはテンポが動きすぎ、朝比奈盤は遅すぎの嫌いがあるのでマタチッチ盤と並んで(ヴィオラに関してだけだが)推薦できるのはこのボルトンかもしれない。