その3

キッスとどっちが先かは忘れたが、教育実習の音楽の先生が授業中にかけたE,L&Pの「タルカス」でプログレに出会い、グレッグ・レイク関連で「キング・クリムゾン」に出会う。今考えると、グレッグ・レイクとの出会いは重要だった。ベーシストでありながら、生ギターを弾きながら歌うというスタイルがあるということを知ったからだ。(ポール・マッカートニーとは意味合いが違った)ちなみに、私はピックで弾きながら中指も使用するのだが、実は、グレッグが生ギターを弾く際、ピックを使いながら同時に中指と薬指を使っていることと、ジャズのギタリストのオクターブ奏法にヒントを得て生み出した奏法だった。(後から他の人もやっていたことを知ったが)
そして、そこからはプログレ三昧。いろいろなアグレッシブなベーシストを聴いて自分のスタイルを作っていった。
もちろん、ポール・マッカートニーのベースの既成概念をやぶるやりかたは少なからず影響を受けているが、自分ではクリムゾン時代のジョン・ウェットンとJAPANのミック・カーンの影響を受けていると思う。のちに、ティム・ボガード(当時は聴いたことが無かったが)やジョン・エントウィッスルに似ていると言われたことがある。重低音サイド・ギターとか三味線ベースとかも言われた。
キング・クリムゾンはやはりフリー・インプロの世界を教えてくれたということで最重要である。ジェネシスとヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターは、その作曲スタイルとヴォーカル・スタイルで、影響を受けた。
私はどちらかというと学校の勉強はよくできる方で、高校もいわゆる進学校であったが、良い大学とか良い就職先というのに全くの興味の無い人間であった。そして親の反対を押し切って大学受験をせずに、高校卒業後に組んだのが「白亜森」というバンドであった。やはり前述のキング・クリムゾンとジェネシスとヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターを混ぜたような音楽をやっていた。しかし、音楽的に他のメンバーは納得できなかったのだろう、私以外はこのバンドを去っていった。
とりあえず何かしなければならない、1回限りの演奏のために「ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター」のコピーバンドを作ったり「顔面崩壊」という当時の仲間の寄り合いバンドにも参加した。
そんな時に、知人の紹介でオーディションにいったのが、その後"ma ma doo !!"となるバンドであった。